競争力低下に危機感満ちた2024年
内憂外患のEU自動車産業(1)
2025年6月9日
EUでは2024年、乗用車の新車登録台数は前年比微増にとどまり、電気自動車(EV、注1)の需要低迷やEU域内の工場閉鎖の検討(2024年12月25日付ビジネス短信参照)といった生産縮小の動きなど、明るいニュースに乏しい1年となった。また、EU市場に攻勢をかける中国への対抗策として、相殺関税措置の実施に踏み切ったが、中国からの反発にとどまらず、加盟国間や産業界との意見の相違も露呈した(2024年12月19日付地域・分析レポート参照)。内憂外患とも言える状況のEU自動車産業について、前編の本稿では2024年の市場を概観し、EUの生産体制や競争力強化に向けた政策動向を紹介する。後編では、今後期待されるEV関連施策や通商動向について紹介する。
販売台数は微増も、生産台数は前年比6.2%減
欧州自動車工業会(ACEA)の経済・市場報告書2024年版(846KB)(2025年3月発表)によると、EUの2024年の乗用車の新車登録台数は前年比0.8%増の1,063万2,381台だった。2019年比(新型コロナウイルス危機前)では約240万台少なかった(18.4%減、図1参照)。
主要市場では、スペインは前年比プラス(7.1%増)だったが、ドイツ(1.0%減)、フランス(3.2%減)、イタリア(0.5%減)は前年を下回った。燃料タイプ別のシェアでは、ガソリン車が33.3%(前年比2.0ポイント減)、ハイブリッド車(HEV) が30.9%(5.1ポイント増)、バッテリー式電気自動車(BEV)が13.6%(1.0ポイント減)だった(2024年の月別、国別、メーカー別および燃料タイプ別の新車登録台数は、2025年1月24日付ビジネス短信参照)。4位のディーゼル車は11.9%(1.7ポイント減)となり、2年連続でBEVがディーゼル車を上回り、差が開いた。

出所:ACEA資料を基にジェトロ作成
EUの2024年の乗用車生産台数は、前年比6.2%減の1,140万8,469台(暫定値)だった。上位10カ国のうち、前年比増だったのは2位のスペイン(0.7%増)と3位のチェコ(3.5%増)のみだった。ほかは前年を下回り、特にイタリアは前年比43.4%減と大幅に減少したほか、ベルギー(31.2%減)、ハンガリー(14.4%減)、フランス(12.4%減)でも2桁の減少率となった。最大生産国のドイツは0.4%減だった(表参照)。
順位 | 国名 | 2023年 | 2024年 | 伸び率 |
---|---|---|---|---|
1 | ドイツ | 3,957,061 | 3,942,396 | △ 0.4 |
2 | スペイン | 1,859,355 | 1,872,988 | 0.7 |
3 | チェコ | 1,397,631 | 1,446,855 | 3.5 |
4 | スロバキア | 1,075,379 | 993,750 | △ 7.6 |
5 | フランス | 970,183 | 849,437 | △ 12.4 |
6 | イタリア | 546,440 | 309,336 | △ 43.4 |
7 | ハンガリー | 508,734 | 435,541 | △ 14.4 |
8 | ルーマニア | 506,099 | 473,110 | △ 6.5 |
9 | ベルギー | 287,227 | 197,624 | △ 31.2 |
10 | スウェーデン | 285,310 | 270,807 | △ 5.1 |
EU合計 | 12,158,666 | 11,408,469 | △ 6.2 |
注:2024年は暫定値。
出所:ACEA資料を基にジェトロ作成
EUの2015年から2024年までの乗用車生産台数の推移をみると、2017年をピークに減少傾向にある。2020年に新型コロナ危機によって大幅に減少して以降、いまだ同危機以前の水準に戻らず、2024年は2019年比で約269万台少なかった(図2参照)。

出所:ACEA資料を基にジェトロ作成
ACEAは、欧州の自動車部門は他の製造部門と比較し、景況感の回復が遅れていると指摘する。2024年は、ドイツが前年に1年前倒しで低排出ガス車購入助成制度を打ち切ったこともあり(2023年12月25日付ビジネス短信参照)、EV需要が伸び悩んだ。フォルクスワーゲン(VW)グループでは、同社史上初となるドイツ国内の工場閉鎖は見送ったものの、人員削減に関して労使で合意するなど、域内生産能力の低下に危機感が高まった。
欧州自動車部品工業会(CLEPA)によると、部品部門では2024年、今後2~5年間で、2020年と2021年の合計を上回る約5万4,000人規模の人員を削減する計画が発表された(2025年1月27日付ビジネス短信参照)。CLEPAとコンサル業のマッキンゼーの調査によると、部品部門の回答企業120社のうち42%が2025年は利益なしと予測。また2030年までの中期的な見通しに関し、「生産調整のため工場の数を減らす必要がある」と回答した企業は全体の37%となり、1年前の調査から13ポイントも増えた。収益環境が厳しさを増す中、EV関連を中心に、投資も減少している。2024年は、電動化推進に向けEUが注力してきたバッテリー事業も、延期や中止が相次いだ。
軌道修正が求められるバッテリー部門
EUは2017年に官民イニシアチブ「欧州バッテリー同盟(EBA)」を立ち上げ、域内の供給体制の強化に取り組んできた。2023年にはバッテリーのライフサイクル全体を規定するバッテリー規則を施行し(2023年8月21日付ビジネス短信参照)、人材育成のための「欧州バッテリーアカデミー」を設立した。2024年12月に欧州委員会は、ネットゼロ技術分野の財政支援策「イノベーション基金」を活用し、革新的なバッテリー技術開発事業に対する合計10億ユーロの助成計画を発表した。
EUは、世界のバッテリー生産に占めるEU産の割合を2030年までに17%にすることを見込む。だが、ACEAによると2023年時点では7%にとどまり、域内生産のうち15%は域内に本社を構える企業だが、75%は韓国系企業が占める。また、同年の輸入製品の87%は中国産を占め、同国への依存が大きい。
2024年11月に、初の域内発EV用バッテリーメーカーとして期待され、EUからも多額の助成を受けていたスウェーデンのノースボルトが、米国で破産法11条の適用を申請。本国でも2025年3月に破産申請し、大きな衝撃が走った。EU政策を専門とするブリュッセルのシンクタンク、欧州政策センター(EPC)は、ノースボルトの失敗の要因として、中国に原材料や機械の供給を大きく依存していたことや、セルやカソード(陰極)生産、エネルギー貯蔵システム製品の工場など様々な事業を同時並行で展開しようとしたことなどを挙げた。EUに対し、ノースボルトの事例を教訓に、EUの支援は研究開発から生産まで包括的かつ規模を拡大して実施することや、バッテリー原材料の輸入依存低減などサプライチェーンの見直しが必要、と提言した。
競争力強化に向け、自動車部門の行動計画を発表
こうした域内生産能力の低下に危機感を強めた欧州委のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長は2024年11月、「欧州自動車産業の将来に関する戦略的対話」の立ち上げを表明した。2025年1月末から、ハイレベル会合やテーマ別部会、パブリックコンサルテーション(公開諮問)を実施。欧州委は3月に「自動車部門に関する産業行動計画」を発表し(2025年3月13日付ビジネス短信参照)、欧州メーカーによる人工知能(AI)の搭載やコネクテッドカーなど次世代車の開発や、クリーンモビリティへの移行を支援する施策を打ち出した。バッテリーについては、包括的な振興策の実施を表明し、製造事業者への直接支援も検討項目に入れた。EUの支援は、加盟国による国家補助と組み合わせて実施する見込みだ(注2)。
行動計画発表にあたり注目された施策の1つが、2025年からの新たな、新車の乗用車・小型商用車(バン)の二酸化炭素(CO2)排出基準に関連する措置だ(注3)。産業界は2024年夏以降、EVの販売不振を受け、脱炭素化に必要な投資を減退させるとして、基準未達によるメーカーへの罰金を回避する措置を講じるよう、繰り返し要請していた。また、フォン・デア・ライエン委員長が所属する欧州議会の最大会派、欧州人民党(EPP)グループ(中道右派)も2024年12月、同様の提言書を発表した(2024年12月18日付ビジネス短信参照)。こうした声を受け、欧州委は排出基準を維持するが、2025~2027年に限り、単年ではなく3年間の平均値で順守状況をみる改正案を提案した(2025年4月7日付ビジネス短信参照、注4)。産業界やEPPは技術中立の原則に立ち戻り、早期にC02排出基準規則を見直す(注5)ことを訴えていたが、欧州委の改正案では提示されなかった。
ドラギ報告書(2024年9月19日付ビジネス短信参照)は、自動車部門について、「EUとしての計画性がなく、産業政策と連動させずに気候政策を適用しようとする主要な例」と指摘している。2期目に入ったフォン・デア・ライエン委員長は欧州グリーン・ディールを堅持しながら、EU域内の産業競争力強化を急いでいる。電動化を柱とする脱炭素化を進めながら、部品も含めた域内生産の立て直しに向け、行動計画の迅速な展開が期待されている。
- 注1:
- 本稿でEVとは、バッテリー式電気自動車(BEV)とプラグインハイブリッド車(PHEV)を指す。ハイブリッド車(HEV)は含まない。
- 注2:
- 欧州委は2025年2月発表の「クリーン産業ディール」(2025年3月4日付ビジネス短信参照)において、域内のクリーンテック関連部品の生産能力強化に向け、国家補助ルールを簡素化し、新たに設ける「クリーン産業国家補助枠組み」構想を打ち出している。
- 注3:
- 新車の乗用車・小型商用車(バン)の二酸化炭素(CO2)排出基準に係る規則〔規則(EU) 2019/631〕では、2025~2029年は排出量を2021年比で15%削減、排出上限値を1キロ当たり93.6グラムと定めている。
- 注4:
- 欧州議会は2025年5月8日、同案を承認。EU理事会(閣僚理事会)が5月27日に正式採択した。今後、EU官報への掲載を経て施行される。
- 注5:
- 規則(EU) 2019/631では、規則の進捗状況に応じ、2026年に規則を見直すと定めているが、ACEAなどは2025年に前倒すよう提言してきた。
- 変更履歴
- 文章中に誤りがありましたので、次のように訂正いたしました。(2025年6月12日)
- 注5
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(誤)乗用車・バンは2026年、大型車は2027年に規則を見直す
(正)2026年に規則を見直す
内憂外患のEU自動車産業
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- 執筆者紹介
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ジェトロ・ブリュッセル事務所
滝澤 祥子(たきざわ しょうこ) - 2016年からジェトロ・ブリュッセル事務所勤務。